幸せの向こう側〜心はすべてを超えている〜

頭を使わず心を使っている人を天才と言います。

決める



『決めてますか?』





寿命を決める


収入を決める


支出を決める


貯金額を決める


結婚すると決める


幸せになると決める





決めないと何も動かない。




そうなればいいなぁ〜だとそのようにしかならない。




この世は本当にシンプルな仕組みで出来ている。




心ちゃんで決めていればそのようにすべてが動きそうなる。




例をだすと



トイレに行きたいなぁっという欲求が出たとする。



行きたいなぁだと行きたい現象を体験し



どこかのタイミングで必ずトイレに行く!と心から決め



トイレに行く行動が起こり、最終的に用を足すという結果の現象まで起こる。



これをみんな無意識下で行っている。


どんな願望でもすべてはこの仕組みの基に成り立っている。



願望が大きくなれば(本来願望に大小なないのだが)どうしても今までの自分という自己認識や常識、アイデンティティの部分でストップをかけ、そうならないようにしている。






人間はどうしても未知の世界に入る時に恐怖の感情が出てくる。



これは自己防衛本能であり、心理学用語で言われているホメオタシス(恒常性)が機能し慣れ親しんだ安心出来るところに居続けようとする働きが生まれる。



これをわかっていれば未知の世界に入った時、恐怖の感情が出てくればその感情に寄り添ってあげればよい。



心ちゃんはひとりだから怖いのであって、誰かと一緒ならなんともないのである。



その誰かに頭さんがなってあげればよい。




究極、ストップも全部自分でかけているの。




人からこう言われたから...


この夢を叶えると周りの人はどんな風に私をみるのだろうか?


傲慢、天狗になってしまうのではないか...




ここらへんが代表的なストッパーではあるが、心ちゃんのその願望への意志、決意が強ければ強いほどそのストッパーすら弾いてその境地まで行くのは確認済みである。



どうしても自我(頭)だけの決意だと弱く、逆にそうなりたくない心ちゃんの欲求の方が勝ってしまう。



やはり自我(頭)分光であり自分自身の本体は心なのである。

自分の心



自分の心ちゃん



掴みにくい方もいらっしゃると思う。




「幼い頃に呼ばれていた呼び方で出てくるから」



「下の名前呼んだら出てくるから」




と教わってはいたが、私もなかなか掴めなかったし、掴めてないから心ちゃんには届いてないという経験をしてきた。




見かねて自分の心ちゃんが教えてくれた方法を紹介しておきます。







目を瞑り



自分の胸の辺りに意識を置く



そして、『自分の心』と言葉にしてみる。

(言葉に出すよりかは思いで問いかけてみる感覚)



必ず反応がある



それを心の中心だと認識すればよい



そこに向かい寄り添えばよい





と私は私の心に教えてもらいました。






自我(頭)でもってそれを自分の心、本来の自分自身だと認識でつかまえれたなら





思いっきり愛情を込め



辛かったね〜!


苦しかったね〜!


悲しかったね〜!


怖かったね〜!


さみしかったね〜!


と抱きしめてみてあげて下さい。




きっと涙が溢れてくると思います。


それはあなたの心ちゃんの涙





ず〜っと、、、


自分に愛されるのを待っていたんです。






外の誰かに愛してもらおうと頑張っても


「愛してもらえる」と「愛してもらえない」


のどちらを経験するかは確率にすると50%


そんな不確かな事に期待し求めるより自分自身で愛を与えてあげる方が私は確かだと思う。。。

死ってあるのかな?




昔からず〜っと「死」とはなんだろう⁉︎って疑問に思っていた。



確かに自分以外の人間の死という体験はしてきたが自分がそうなる時ってどんなんなんだろうと。。。



今の自分の認識を書くと



意識が遠退き


自分もこの世界もなくなり



違う世界で違う人間を体験する。



今の自分、この世界の日常とは一切関係なく、違う世界で違う自分を体験をしている。



これは睡眠に堕ちる瞬間にそうなっている事に気づく事が多く、死もこの世界から意識がなくなる体験。



結局は自分の世界を開きその中に入り込み、それが自分として体験している。



すべてはエネルギーという視点から観れば究極の仕組みはこうだと感じる。




私も死んだことはないので推測の話。


怖がる事も期待する事も必要ないのだろうwww